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歯科治療の進歩と未来

2019年5月13日

歯科治療の進歩は日進月歩


「歯医者は痛くなったら行くところ」、「歯医者は怖い」という人は依然として多いのですが、歯科治療はこの30年ほどで大きく進歩してきました。そして、これからも、進歩は加速していくでしょう。

30年前と比べて、一番わかりやすい進歩の一つが「見ること」です。昔の歯医者は額帯反射鏡という鏡を頭に付けているのがトレードマークのようなっていました。額帯反射鏡で外の光は口の中に入れることで暗い口の中をはっきり見ることができるようにしたのです。

昔の歯医者は額帯反射鏡で口の中を明るくして治療を行った



額帯反射鏡は今でも使われることはありませんが、額帯反射鏡を付けている歯医者を見ることは滅多にありません。治療用のチェアの照明の性能が上がり、口の中をずっと明るく見ることができるようになったからです。その照明もこの10年くらいでLED化が急速に進みました。LEDの照明は明るいだけでなく、熱がわずかしか出ないので、照明を暑く感じることもなくなりました。

額帯反射鏡の代わりに、歯医者の頭には拡大鏡が装着されていることが多くなりました。歯の治療は非常に細かい仕事のなので、拡大して行うことの利点は小さくありません。そして拡大鏡には指向性の強いライトが付いているものもあります。ライトは額帯反射鏡と比べてずっと明るく治療箇所を照らし出します。

拡大鏡を装着した歯科治療は普通になった



拡大鏡でも十分ではない治療のために、数十倍に拡大する歯科用顕微鏡(マイクロスコープ)が急速に普及してきました。マイクロスコープが特に威力を発するのは根管治療(歯の根の治療)です。歯の中には歯髄と呼ばれる神経や血管を収めた組織があります。虫歯が進行して歯髄を侵すと抜髄といって神経を取る必要が出てきます。

神経を取ると根管と呼ばれる空洞が残りますが、根管は大変複雑な形をしています。場合により目視では根管の存在そのものをはっきりと目視できないこともあります。根管すべてにしっかりと薬剤を注入しないと、時間が経つと再び治療箇所が炎症を起こすリスクが高くなります。マイクロスコープは根管をはっきりと見ることで根管治療の成功率を向上される大きな力になりました。

**、根治の成功率の向上にはマイクロスコープだけではなく、ラバーダムやMTAセメントなどの薬剤の進歩も関係しています(詳細はHPの根管治療をご参照ください。

マイクロスコープは根管治療を変えた



歯科治療で「見る」力にマイクロスコープと並んで大きな威力を与えてくれたものに、歯科用CT(CBCT)があります。CTは基本的にはレントゲン技術を元にしていますが、何枚ものレントゲン映像をコンピュータが合成して3次元で映像を見ることができます。

歯科治療は首から上の治療です。歯の下には神経や動脈など傷つけることを避けなければいけない組織があります。また、歯の生えている方向など、2次元では十分に把握できないものも3次元映像でははっきりとわかります。CTは親知らずの抜歯、根管治療さらに矯正治療(内部の歯の移動状況を確認する)など歯科治療の数々で活用されています。

CT画像を使ったインプラントのシミュレーション



CTだけではなく、「見る」技術の背後にはコンピューター技術の発達があります。デジタル化したレントゲン映像はフィルム撮影のものと違って、ずっと大きく拡大することができますし、画像もより鮮明です。最近では大きなモニターにレントゲン映像やCTの映像を映し出して説明する光景もよく見られるようになりました。歯医者と患者の情報共有にもデジタル化の力は小さくありません。

デジタル化で大きなモニターで説明するのは普通になった



「見る」技術の進歩は治療の精度、成功率の向上に役立っています。インプラント治療ではCT撮影を行うことは今では常識になっています。実際、過去にあったインプラント手術中の事故などはCT撮影が普及していなかった頃起きたものが多いという事実もあります。

しかし、歯科治療の夢でたびたび一般の話題になるのは「痛くない治療」「削らず虫歯を治す治療」です。レーザー治療は30年ほど前から始まりましたが、当初は「ガリガリと削らずに虫歯が治療できる」という期待がありました。しかし、レーザー治療は虫歯治療で部分的に使用されることはありますが、主流にはなりませんでした。一定以上進行した虫歯は削って患部を取り除く必要があります。

レーザー以外でも薬剤で虫歯治療を行うという方法も何度か話題になりました。今でも削らない虫歯治療をホームページなどで喧伝する歯科医院もあります。しかし、それらの治療は少なくとも日本う蝕(虫歯)学会などで標準的な治療の一つとして認められているものはありません。虫歯は患部を残さず削って、詰める、被せるをしないと治らない、という事実は変わっていないと言ってよいでしょう。

ただ、削り方や、詰めるものは大きな変化があります。MI、(最小の侵襲)といって、なるべく削らない、抜かない歯科治療は大きな普及がありました。その背後にあるのは材料技術の進歩です。

昔の、歯科治療は銀歯、金歯を被せるというのが一般的でした、また詰め物ではアマルガムという金属がよく使われていました。銀歯、金歯は今でもよく使用されていますが、アマルガムはほとんど使用されなくなり、EUでは使用が禁止されています。これはアマルガムが水銀を含んでいるからです(EUがアマルガムを禁止したのは環境に水銀が拡散することを防ぐためで、アマルガムの水銀が人体に危険ということはありません)。

セラミックなどの素材は大きく進歩した



アマルガムを使用しなくなったのはレジンが普及したためです。レジンは一種のプラスチックですが、色は白く目立ちません。反面、強度が弱く。時とともに変色しやすいという欠点もありました。しかし、これらの欠点は大きく改善されました。レジンの形成は簡単で柔軟性に富んでいるので、薄く歯を削っても脱落しにくく、歯を大きく削る必要性を減らしました。

レジンが歯を削る量が少ないのは理由は柔軟性だけではありません。金属の詰め物を歯にしっかりと付けるには合着といって、いわば「はめ込む」必要があるのですが、レジンは接着(一般的な意味の単なる接着ではありません)という分子レベルで接着剤と結合しているため、削る量も小さくてすみます。

接着で固定されるのはレジンだけでなくセラミックも同様です。レジンは改良が進んだとは言っても強度は被せ物(クラウン)や大きな詰め物を作るのには十分ではありません。

また、セラミックもレジン同様に進歩しています。セラミッククラウンが登場したのは1950年代ですが、当初は強度が十分ではなく、金属にセラミックを盛ったものでした。しかし、2000年頃からオールセラミックという金属を使用しないものが現れ、現在ではオールセラミックが主流になってきました。

セラミックには多種のものがあり、ジルコニアという非常に強度があるものは、強く噛む奥歯でも使用可能です。また、ジルコニアほど教護ないものは、透明感の高い天然歯(表面のエナメル質が半透明)と同等以上の美しさを持つようになってきました。

コンピュータ技術に話を戻すと、技工物(詰め物、被せ物)の作成にコンピューターを活用する場は、ますます増えてきています。CADCAMという言い方をしますが、コンピュータ上でデザインしデザインをデータ化して、コンピュータ制御で削りだし、あるいは3Dプリンターなどで技工物を作る方法は次第に普及しています。

コンピューターで画像処理をしたものを削りだすセレックの画面


セレックはブロックから技工物をコンピューターが削り出す



しかし、CADCAMが完全に技工士の仕事置き換えるのは、かなり長い時間がかかりそうです。歯は小さく、一人一人、一歯一歯、同じものはありません。噛み合わせの調整は1mmよりはるこに細かい精度で調整が必要です。このような工作物を作るのはコンピューターは必ずしも得意ではありません。CADCAMは技工士を置き換えるのではなく、作業を補佐する目的がしばらく続きそうです。

これはコンピューター技術の進歩が歯科にそれほど関係しないということではありません。CT、レントゲンなど画像情報のデジタル化は急ピッチで進んでいますし、膨大に蓄積された画像情報がより優れた治療に結び付く形で進歩は続いていくでしょう。

将来を見た時、コンピュータ技術と同様に歯科技術を変貌させる可能性があるものに、再生医療があります。現在でも、インプラントの土台となる骨が十分にない時に骨造成を行うことは一般的です。さらに歯周病で侵された歯肉の回復、さらにははそのもの再生も可能になるかもしれません。

しかし、医療は安全性が高く要求されます。20年後に使用されるかもしれない治療技術は現在実験室レベルでは実現可能になっていることが必要な場合が多いのです。再生医療は多くの可能性を秘めていますが、全面的に口腔内組織の再生が可能になるまでには、長い時間がかかると思われます。

コンピュータ技術や再生医療、さらにセラミックなどの材料技術の進歩とは別に、日本人の口腔内環境はこの20年、30年で格段によくなりました。80歳で20本の歯を持つ人は1980年ごろには7%程度しかいなかったのに、現在ではほぼ半数になっています。12歳の永久歯の虫歯本数は、この30年で5本から1本まで減りました。

これらは歯科技術の進歩というより、一般の口腔ケアへの関心の高まりが一番の要因です。矯正も欧米では美的な理由だけではなく、整った歯並びがプラークの付着を減らし、ひいては歯周病や虫歯のリスクを小さくすることが大きな動機になっています。日本もいずれは予防目的の矯正治療も増えていくと思われます。

そして、口腔内ケアの基本は正しい歯磨きの励行です。医学が進歩しても生活習慣病や心疾患を防止する一番の方法はバランスの取れた栄養と適度な運動を継続的に続けることです。歯科治療の未来も歯磨きの必要性がなくなることは当分なさそうです。

歯磨きが口腔内ケアの基本であることに変わりはない

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